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◆第13回 稲葉真弓賞(三稜会懸賞論文)選考結果

◇テーマ 『平和な日常』
◇応募総数 284点

◇入賞作 6点
 <最優秀賞> 1点
  五条高校      1年 新川 芽依   「当たり前の日常と小さな幸せ」

 <優秀賞>  1点
  愛知黎明高校   1年 加藤 葵衣   「世界の人に『平和な日常』を」

 <佳作>   4点
  五条高校      2年 樋口 瀬莉菜  「ないものねだりの日常」
  清林館高校     1年 服部 美海   「平和の意義」
  清林館高校     2年 米倉 琴奈   「平和な日常の実現」
  愛知啓成高校   2年 上田 琴菜   「平和な日常を過ごすために」
※学年は応募時点となっております。
多数のご応募ありがとうございました。



◆入賞作品

最優秀賞「当たり前の日常と小さな幸せ」 五条高校1年 新川 芽依

 私は、二〇二二年の夏、当たり前だった日常がなくなる経験をしました。今まで過ごしてきた日々が当たり前ではなかったことに気づかされました。小、中学生の道徳の時間に何度も平和な日常について考える機会がありましたが、その時に何気なく軽く捉えていた「家族とご飯を食べること」「友達と笑い合うこと」は本当だったと強く感じさせられました。私たちの平和な日常は、誰にも気づかれないくらい近くにあり、気づくことができなければ消えてなくなってしまうものであると私は思います。この当たり前すぎる中の平和な日常に誰もが気づけたのならば、世界はもっと優しく平和になっていくのではないでしょうか。
 私は、当たり前だった日常がなくなってからようやく、気づくことができました。それは、一瞬の出来事でした。自分の体の異変を感じて病院に行ったところ、診断結果は良くないもので、あっという間に入院と手術が決まりました。入院は半月くらいであったため、すぐに終わるだろうと軽く考えていました。ですがその半月間は、一か月、二か月だと感じるくらい長いものでした。手術の当日、麻酔から目を覚ますと、想像を遥かに超える痛みと闘いました。自分では寝返りを打つことも、何事もできない日々は一分を一時間に感じ、ただ早く一日が終わることを願っていました。外の空気を胸いっぱいに吸うことも、誰かとご飯を食べることも、たわいもない話で笑うこともありませんでした。私が当たり前すぎて気づくことができなかった、学校へ行って授業を受け、休み時間になるとどうでもいい話で友達とひたすらに笑う、家に帰ったら家族とご飯を食べる、寝る前におやすみと言うなどの日常生活が幸せで、その幸せはとても近くにあったのだと知りました。近すぎて見えていなかったのです。例えば、授業で先生に当てられたことや、朝のニュースで見た占いが良くなかったなどという、少し不運なことに毎日気を取られて、ただ自分の好きな家族や友人と一緒に過ごせる小さな幸せに気付けていませんでした。私たちは一人ひとりに、それぞれの小さな幸せや平和な日常があったのです。
 私は入院生活の中でも、小さな幸せがあったことを、退院して心に余裕が生まれてから気づきました。背中を押してくれた先生や、私の好きな事について話を聞いてくれた看護師さん、一緒に楽しいおしゃべりをしたリハビリの先生と患者さん、何度も励ましてくれた家族に救われていました。沢山の人のおかげで私の日常は支えられていました。後で気づいたので、伝えられなかった感謝の気持ちをこの作文を通して伝えたいと思います。
 私の病気は周囲の人には気づかれません。半年間は運動ができず、楽しそうに体育をしていたり、思いっきり部活動で走ったり、学校行事で盛り上がったりしているところに参加できないことをつらく思う時があります。どうして自分だけやってはいけないのか、どうしてあの子はやっていないのかと周囲に思われているかもしれないなどとネガティブなことばかり考えてしまう時があります。そんな時、部活動の子達の温かさや、同じクラスの友達が今までと同じように接してくれる優しさがあるという幸せな日常に救われています。そして、これは当たり前ではないということ、今、日常がなくなってしまっている人もいることを忘れないで生きていきたいです。
 私が病気になって経験したことはたくさんありますが、まずは身近にある平和な日常についてたくさんの人に気づいて欲しいと思います。健康であったことが当たり前ではなくなってしまい、ただ健康であることがどのくらい幸せであるのか、ただ誰かと笑い合えることが幸せであるということです。病気になってつらいことも多いけれど、当たり前な日常がかけがえのないものだと気づけたので、私は幸せ者だと思いました。
 そして、私たちは平和な日常に気付くことも大切ですが、誰かにそれを与えることも大切だと思います。私はいろんな人に当たり前で幸せな日常をもらっていると気づけたので次は誰かにそれを分けてあげたいです。
 一人ひとりがこの当たり前で幸せな日常を見直す必要があるのではないでしょうか。誰かに感謝されたり、ただ一緒に笑い合える日常があることです。私はたった一人で生きているわけではないということ、平和な日常の裏では、多くの人が支えてくれているということです。今あることが当たり前すぎて気づけないことばかりです。でも全てを失ってからではもうどうしようもできません。気付けた人はこの日常に感謝できる、そんな人がひとりでも増えていって欲しい、多くの人が向き合って気づけたのならば、今あるこの日常がすべての人にとって平和であると感じ、世界がより優しくなるのではないでしょうか。



優秀賞 「世界の人に『平和な日常』を」 愛知黎明高校1年 加藤 葵衣

 「平和」という言葉は、世界中でよく耳にする。しかし、その意味は漠然としており、抽象的で壮大であるため、あらためて考えるとよく分からない。だが、私は毎日ご飯を食べることができ、学校に行き授業を受け帰る家があり、何不自由なく暮らしている。そんな当たり前に続く毎日が「平和」であると思う。戦争のない時代に生まれたからこそ、この当たり前の毎日に感謝しなければならないと感じる。実際に、「平和」とはどう定義されているのか。平和学の父と言われるヨハン・ガルトゥングによると「平和」は、大きく二つに分けられる。暴力や戦争がない状態を指す「消極的平和」と、共感をもとにした協調と調和がある「積極的平和」だ。そして、彼が平和の対義語として捉えているのが「暴力」である。
 しかし、私は、「平和」にたくさんの意味があると考える。家族が、毎日笑顔で過ごせることが「平和」なのかもしれない。また、戦争が無いことが「平和」なのかもしれない。何を「平和」と捉えるかは、一人一人違うと思うし、違っていいと思う。それは、世界には全く同じ人はいないからだ。世界には一九六もの国があり、約八十億もの人がいる。金子みすゞさんが言うように、「みんなちがってみんないい」のだと思う。
 最近「SDGs」という言葉をよく耳にする。これは、将来の子どもたちが安心して暮らしていける社会をつくるために掲げられた、国際目標である。「持続可能な開発目標」、これからもずっと続いていく、よりよい世界を作るための目標で十七個のゴールが設定されている。SDGs目標の十六に「平和と公正をすべての人に」という目標が掲げられている。
 世界では、今、この瞬間もどこかで紛争や、戦争などの争いごとが起きている。今、世界のどこかで、こんな悲惨なことが起きているとは信じたくない。しかし、紛争の影響を受けている国や地域で暮らす子供たちは約五億。三五00万人いると言われているのが事実である。また、紛争や災害によって十分な医療を受けることが出来ず、毎年六00万人以上の子ども達が亡くなっていることも事実である。また、命を落とさずに生きることが出来ても、世界中で約二億六四00人の子ども達が学校に通えていない。このことを知り、毎日当たり前のように学校に通うことが出来ている私は本当に幸せだと感じた。紛争や災害によって子ども達の未来が奪われている。そんな世界と比べると日本は「平和」な国だと言えると思う。
 しかし、日本で問題になっていることの一つが、「LGBT」である。LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーといった性的に少数派になっている人の頭文字をとったものだ。「男なのに」や「女なのに」と何気なく言ってしまったことがある人も多いのではないか。その何気ない発言が人を傷つける。それが差別の始まりなのかもしれない。また、肌の色などの身体的違いや人種の違い、宗教の違いなどによる無意識の「差別」が暴力や紛争に繋がってしまうのではないか。一人一人が相手との違いを受け入れることも平和な日常を送る上で大切なことだと思う。世界には様々な人種の人が暮らし、多様な文化や価値観があふれている。私達は、人間なので、それぞれの相性が合う、合わない、好き嫌いがあるのは当たり前だ。しかし、嫌いという理由で非難や攻撃をすることは間違っている。価値観の違いを否定するのではなく、多様性を受け入れ会うという関係が「平和」な社会には必要ではないだろうか。
 このように、違いを受け入れ、よさを認めることが争いをなくす第一歩でなるのかもしれない。また、家庭内における子どもへの暴力は日本でも深刻な問題だと思う。家で暴力的なしつけを受けている子供は世界の子どもの七五%だという記事を読んだときは、その多さにとても驚いた。驚いたと同時に、私は家族から愛されているということをあらためて感じた。しかし、暴力を受けた子どもは、トラウマになり、大人を信じられなくなったり、社会から孤立してしまうと思う。だから世界中の子供からお年寄りまで、全ての人が毎日笑顔で、平和な日常を送れる世界になってほしい。世界の平和への第一歩は、知ることから始まる。
 つまり、まずは「どんなことが世界で今、起きているのか」を知ることが必要であるということだ。テレビなどで、気になるニュースを見たら調べること、また、関係するイベントや募金に参加することが出来る。毎日のように悲しいニュースを見る時代。そんな中、「平和とはなにか?」「自分にできることは?」と向き合い、日々の生活に感謝しながら、自分が出来る行動を積み重ねていくことが大切だと感じる。遠く離れた所にいるとしても、私たちに出来ることはたくさんある。
 今、生きている私たちが平和な世界にしようと考えて実践することで、これからの未来を変えることが出来るのではないか。「平和とは何か。」と聞かれた時、ほとんどの人は「戦争が無いこと」と答えるだろう。しかし、戦争が起こらなければ「平和」だとは言えないと思う。多様性を受け入れ合うこと、互いを思いやること、助け合うことが出来る世界こそ、「平和」なのではないか。また、今のごく普通の日常こそが「平和」だと思う。そして、「平和」であることは「幸せ」であることだと感じる。世界中の人がそんな平和な日常を送れるように、何が出来るか、何をすべきか、私たち一人一人が考えて、行動することが当たり前の世界になってほしい。



佳作 「ないものねだりの日常」 五条高校2年 樋口 瀬莉菜

 当たり前だけれど、私たちは今、生きている。そして、日常を送っている。地球上のすべての生物にとって、日常とは何だろうか。
 湯船に浸かっているときや、布団に入ったあと、人間誰しも一度は「なぜこの世界は存在しているのだろうか、死んだらどこへ行くのだろうか、そもそも何のために我々は存在しているのか」などと無意味なことを考えたことがあるに違いない。実は、大抵のことが答えのない曖昧な姿のまま存在しているだ。
 平和な日常とは一体何なのか。私は、平和を幸せと仮定したとき、その基準となるボーダーラインは個人によって全く異なるものだと思う。それらは重ねた年齢や住んでいる場所、育った環境、そこで育まれた価値観に寄らず、様々な要素が複雑に絡み合って生成される。つまり、地球上に存在する人の数だけ、その基準があるということだ。よって、その中で私が考える「平和な日常」もまた、何万通りとある解釈の一例にすぎないのだ。
 では、何が一般に「平和な日常」と言われることなのだろうか。試しに両親や弟にマインドマップを書き出してもらった。すると、私が予想したとおり、各々、全く違うものが出来上がった。マップ中のキーワードを拾い集めると「学校に行くこと」や「犬の散歩をすること」などが目についた。毎日のルーティーンが、多少は変わっていくにしろ、どこまでも続いていくことが日常なのかもしれない。気の置けない友達とたわいもない会話をしながら電車を待つことも日常。肩まで湯船に浸かって今日の一日を振り返ることも日常である。だが、課題や部活に追われながらタスクをこなすことも日常。スマホに侵食された生活を振り返って、罪悪感を抱きながら眠りにつくこともまた、日常のひとつなのだ。
 平和という二文字はあまりスケールが大きすぎる。「平和」と聞けば普通、何が連想されるだろうか。多くの人が対義語にあたる「戦争」を連想するだろう。例えば、「核のない世界」や「地球上のすべての人が幸せと思える世の中」どんなキーワードも夢物語のような具合である。このテーマは、とてつもないスケールの「平和」とどこにでもありふれた「日常」が合わさっているのだから、もっと小規模なものでもいいのである。
 では、私にとって「平和な日常」とは、一体何なのだろうか。突然だが、私の趣味は山登りだ。何時間もかけて山の頂上に立った瞬間、「今を生きている」ということを私は全身で感じることができる。吹き抜ける風を受けて、五感を研ぎ澄ませ、遠くを眺めながら深く深呼吸をする。目を閉じて、木々に生い茂る葉が擦れ合う音を背景に、鳥のさえずりに耳をすます。肺いっぱいに空気を取り込めば、体のバイオリズムまでも整えてしまいそうなほど、心地の良い外気が目一杯入り込んでくる。目をパッと開けば、大空に羽を広げて優雅に旋回している鳶が飛び込んでくる。私にも翼があったらいいな。飛べたらどれほどおもしろいだろうか。「いいな」そんなことをただひたすらに考えるこの瞬間が私は好きだ。おそらく、私は最もこの瞬間が、非日常で平和な時間を実感できていると思う。これらを求めることが出来る生活こそが、私の「平和な日常」なのかもしれない。
 ここまで、一般に考えられるであろう「平和な日常」と、私の思う「平和な日常」について述べてきた。しかし、このテーマについて考察を深めていく中で、私は平和の状態とは 〈変化があること〉と〈変化がないこと〉の一体どちらに本質があるのか疑問に思った。
 人間は元来、革新を求める生物である。だが、それと同時に安定を求める生物でもある。私たちの「今」は言語、文化、技術の革新と、その最先端が積み重なって、歴史となった結果であり、これらはすべて「革新」に基づいている。しかし、紛争地域には、目まぐるしく変化していく戦線と国民の生活があり、それに囲まれた人々は「安定」を望む。しかしまた、それとは反対に、仕事や学業に追われる私たちのような現代人は、鮮やかな非日常を望む。変化と安定は対極にある。つまり、その両方を望む人間にとって「ないものねだり」というのは必然なのである。思い返すと、山の頂上で私が鳶に対して抱いた感情もまた「ないものねだり」である。人間はどこまでいっても、自分に足りていないものを求め続ける。それも無意識のうちに。確かに、ユングやフロイトたちが、私たちの無意識について解き明かそうとした気持ちも、今なら少しは分かるような気がする。
 要するに、人間は生きていくうえで必ず、ないものねだりをする生き物なのだ。もし仮にそれをやめてしまったとしたらそれは現状に満足し、向上心を失ってしまったということになる。それは「平和な日常」を求める私たちにとっては不都合なことだ。もしかすると、そうならないために、私たちにもともと備わっている本能のようなものなのかもしれない。だから、私たちは思う存分に「ないものねだり」をすれば良いのである。時々、それが劣等感だと思い込んでしまう人もいるらしいが、私は、そう感じた時こそ自分を見つめて成長するチャンスだと思う。
 「ないものねだりをすること」これが人間の本質であり、日常であり、さらには「平和な日常」なのかもしれない。



佳作 「平和の意義」 清林館高校1年 服部 美海

 平和な日常について考えるには、まずその前提となる平和の意味を確認することが必要です。辞書で「平和」と調べると、「戦争もなく世の中が穏やかであること」「心配やもめ事がなく、和やかな状態」という説明がされています。これらの説明から、平和を達成するには戦争の撲滅だけでは不十分であるということがわかります。戦争がないことと同時に、人々の幸福も平和を達成するうえでの重要な要素だと考えるのが妥当でしょう。
 結論から言いますと、私は平和の実現は不可能だと思います。よって、私たちが平和な日常を過ごすということもできないでしょう。
 今、現在、世界は平和ではありません。まだ世界から戦争は無くなっていませんし、世界にはまだまだ不利益を被っている人がたくさんいるからです。ここまでは世界中の人々の共通認識と言ってもよいと思います。
それでは、範囲を狭め、日本だけで考えてみるとどうなるでしょうか。日本は平和主義を掲げているので、第二次世界大戦以降、直接戦争に関わったことはありません。しかし、日本が平和かと言われるといささか違和感を感じます。確かに、日本は戦争をしていませんが、日本国民が全員幸福かということには疑問が残るからです。景気の低迷、相対的貧困、ヤングケアラーなど、日本の社会問題を挙げればきりがありません。そもそも、日本が資本主義という仕組みをとっている以上、競争による敗者や格差が生じてしまうのは必然です。上に挙げた社会問題がすべて解決されたとしても、日本国民が全員幸福になるのはまず無理でしょう。
世界も日本も平和ではない。ならば、時間を過去に戻してみるのはどうでしょうか。これまでの人類の歴史の中で、平和を達成できた国や地域は存在するのでしょうか。これまで、人類はたびたび平和を目指し、大きな行動を起こしてきました。例えば、フランス革命やソ連の成立、最近の例でいえばアラブの春があります。これらは、動機は違えど、最終的には人々の幸福を目指しているという点では共通しています。よって、これらは平和に対する人類の挑戦とみなすこともできるでしょう。しかし、注目すべきは、これらの全てが、当初の理想とはかなりかけ離れた結果に終わっているということです。フランス革命では、民衆の力により王政が打倒されましたが、その後にあったのはジャコバン派による恐怖政治でした。また、共産主義を謳うソ連も、レーニンの死後、スターリンによる独裁がはじまり、平和とは程遠い姿になってしまいました。そして、最後にアラブの春ですが、これも成功しているとはなかなか言い難いのが現状です。複数の国で革命後の混乱に乗じて独裁政権が復活してしまったり、イスラーム過激派の暴力を許してしまったりしています。また、アラブの春の唯一の成功例と言われたチュニジアにおいても、2022年12月の議会選挙の投票率が10%を下回るなど、混乱が続いています。
 現在も過去にも人類は平和を実現できていません。歴史を学べば、そのことをより一層強く感じます。武力が伴っているかどうかの違いはあれど、どの時代のどの場所でも人間の争いは日常茶飯事でした。また、どんな素晴らしい統治をしようが、いつの時代でも不平等は存在しました。それは今でも変わりません。
 また、個人の幸福が平和につながっていくと考えれば、仮にそのような争いや不平等などがなくなったとして、世界が平和になるか疑問が残ります。なぜなら、不幸があるおかげで人間は幸福を感じられるからです。いつもいいことばかりでは、はたからは幸福に見えるかもしれませんが、当人はまったく幸福を感じられないでしょう。うまくいかなかったことがあるからこそ、事がうまく運んだ時の喜びを感じることができるのです。幸福になるには不幸を味わうことが必要であり、幸せを永久に保つことはできません。
 これらのことから、平和は不可能だといえます。戦争を一時的になくすことは、人類の努力次第では可能かもしれません。しかし、人間全員が幸せになることは、人間の本能から見ても幸福のプロセスから見ても不可能に等しいでしょう。
 今現在、たくさんの人々が平和な世界の達成に向けて努力をしています。しかし、人類は平和を達成できていませんし、これから達成する確率も限りなくゼロに近いでしょう。それでは、彼らの運動は果たして無意味なのでしょうか。私は決してそうではないと思います。なぜなら、平和を追い求めることに価値があるからです。
第一に、平和を目指すことは私たちに様々な教訓を与えますし、また長期的にみて、人類に良い影響をもたらしてくれます。先ほど挙げた平和への挑戦をもう一度振り返ってみましょう。フランス革命、ソ連の成立、アラブの春、すべて平和という完全な状態を実現するには至りませんでした。そのような意味でいえば、これらはすべて失敗に終わったとみなす人もいるでしょう。しかし、そこで考えるのをやめるべきではありません。
フランス革命は人権という、今ではごく当たり前ですが、素晴らしい概念を一般化することに成功しました。また、ソ連の成立は資本主義の限界と、その仕組みによって抑圧されてきた人々の力を世界中に示すことになりました。現在、社会権など資本主義の欠点を補う仕組みが世界に広く受け入れられています。そして、最後にアラブの春ですが、これは私たちにマスメディアによる言論の力を改めて感じさせる出来事となりました。いかなる独裁政権でも人々の思想までは完全に支配できないということがアラブの春で証明されたと思います。
このように、人類の平和を目指す行動は、それらのほとんどが当初の理想とは違う形で終決していますが、それらは決して無意味ではありませんでした。これらの行動はいずれも、人類の政治的、経済的発展に貢献してきました。そして、また、それらの行動の中心となっていた人々から人類が平和を目指すもう一つの意義を見出すことができます。
なぜ多く人々はこのような運動を支持し、理想の実現に対して熱狂的になるのでしょうか。その答えは人間の生きがいに深く関係しています。デモの中で自由を叫んでいる人たち、新しい社会の仕組みを考える人たち、それらの運動を支えたその他大勢の人たちはやる気に満ちた生き生きとした気分であったに違いありません。これは、現在の平和のための活動やデモなどにも言えることです。そのような活動に関わっている人々の表情には希望や、やりがいといった共通した感情が垣間見えます。それこそ人類が不可能な平和を今に至るまで追求し続ける理由なのです。
人間は理想を追い求めたがる本能を持っています。人間はいつも、目指すからには人それぞれの完璧で理想の状態を追求しますが、まずそれがかなうことはありません。しかし、私は、人間はそのような幻想に憧れ続けるから希望や生きがいを得られるのだと思います。一歩一歩理想に近づいているという感覚が生きる上での大きなモチベーションになっているのです。これが、人類が不可能であるはずの平和をいつまでたっても追求し続ける理由だと私は思います。
 平和な日常を創り出すことは不可能です。しかし、平和を目指すことに意義があり、それがあるがために、人類は平和に対する歩みを止めてはいけないし、止められないということが今回の私の結論です。



佳作 「平和な日常の実現」 清林館高校2年 米倉 琴奈

 私は一昨年から一年間カナダに留学した。カナダの学校では他にもさまざまな国から留学してきている生徒が数多くいた。その中にはシリアから来ているマイヤダがいた。彼女とは、ESLという留学生向けの英語のクラスで一緒になった。最初は接点もなく、話すこともなかったが、席が隣になった時に話しかけられて少しずつ話すようになっていった。
 彼女は自分のことを「私は留学生じゃなくて2年前からここに住んでる。その前はトルコに3年いた。」と言った。どうやら内戦から逃れてカナダに移住して来たらしい。シリアでの話はあまりしなかったが、いつもシリアの国旗がついたブレスレットやペンダントを身につけていた。口に出さなくても母国への思いを感じられた。
 最近のロシアとウクライナとの戦争のニュースを見ると彼女のことを思い出す。戦乱を避けて他の国に逃げてくる人、帰りたくても帰れないと泣きながら話す人、家族と離れ離れになった人。みんな去年の今頃はこんなことになるとは思いもせず日常の生活を送っていたのに。突然の戦争は人々の生活を一変させることを思い知らされた。マイヤダも、突然だったのだろうか。家族とトルコやカナダのように、違う国に来た時はどんなだったのだろう。言葉も分からず、友達や知り合いのいないところでつらくなかっただろうか。私は想像することしかできないが、彼女のブレスレッドの国旗を見ると胸が苦しくなる。
 戦争のない世界は平和だとは思う。いつも命が危険にさらされている生活を平和とは言えない。しかし戦争さえなかったら平和だと言えるのだろうか?
 私は高校入学式に非常事態宣言がでて、翌日から出校停止になった。日本中の人が自宅で過ごし、街から人が消えた。私は高校生になったはずだが、制服を着ることもなく、クラスメイトも知らず、授業も慣れないリモート配信だった。戦争でなくても日常は一変した。世の中の様子だけでなく、人々の内面にも影響があった。例えば、それまで普通に暮らしていた人々が、コロナになった人を必要以上に攻撃したり、ルールに従わない人を排除したり、デマを流したり、世の中の人々がおかしくなっていたように思う。自分だけよければ、という考え方が多かった。平和な日常とはかけ離れていた。平和な日常がいかに脆いかを考えさせられた。
 私にとっての平和な日常とは何か。例えば、毎日学校に行くことと、友達と話すこと、家族と晩御飯を食べながらその日にあったことを話すこと、夜寝る時に今日は楽しかった思い出すこと。あまりにもたわいの無い事でその時には気づかないけど、これが平和な日常だと私は思う。世の中がコロナに染まって気がついたことだ。何かあって初めて気付くものなのだ。
 私が小学校一年生の時、母が癌になって入院した。母が突然、不在になってしまった。小さかった妹と私を抱え父だけでは面倒が見ることが出来なかった。父方の祖母と母方の祖母も来て一家総出で乗り切ったらしい。私はあまり覚えてないが、大変だったとよく聞かされる。誰かが病気になるだけでも、家の中は非常事態となる。この時は、私と妹の日常をみんなで支えてくれた。私自身が、その時のことをあまり覚えていないということは、そういうことなんだと思う。
 私の日常は、いろんな人に支えられている。1番近くで支えてくれるのは家族だ。家族がいなければ、私はごはんを食べることも、学校に行くこともできない。でも、癌になった母を支えてくれた医者や看護師のように、家族もまた支えられている。コロナの時に聞くようになったエッセンシャルワーカーと呼ばれる人達にもまた支えられてる。その人たちもまた、それぞれの家族にも支えられている。みんな、大勢の人に支えられて、平和な日常が成り立っているのだと思う。
 誰かを支える時、その人は自分のことだけじゃなくて、自分以外の他の人のことを考えて行動していると思う。誰かのためにとか、こうしたら喜んでくれるかな、とか、相手のことを考えて動く時、支えることができるように思う。周りのことを考えることができなくては、平和な日常は送れない。それは、個人の間だけのことではなく、国と国との間でも同じことではないだろうか。想像力を働かせて、自分以外の人のことを考える。そうすれば、隣国にミサイルを打ち込むことはできないのではないだろうか。自分以外の人のことを考えて想像することが必要なのだと思う。
 私は、今まで自分の日常について考えてこなかった。自分の生活が大勢に支えられていることに気が付かなかった。そうやって過ごしてこられたことを感謝して過ごしていこうと思う。私はどんなに小さいことでも自分のやれることを、精一杯頑張ってやっていくことが、誰かの支えになると信じたい。それが、平和な日常につながるのだ。
 母が闘病してたとき、そうやってみんなで支え合って乗り切ることができた。小さな積み重ねの連続が私達のなにげない日常を築いていくのだと思う。



佳作 「平和な日常を過ごすために」 愛知啓成高校2年 上田 琴菜

 みなさんは「平和な日常」と聞くとどのような日常を思い浮かべますか?私は安心して日常を過ごしている日本人だからこそ、「平和な日常」について考えていかなければならないと思います。まず。「平和」とはなにか。今日の世界ではロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮によるミサイル発射、アフガニスタンやシリアをはじめとする紛争や内戦などたくさんの国や地域で平和を脅かす様々な問題が起きています。そう聞くと多くの人はきっと。「良かった。日本は戦争がないから平和だ。」と思うのではないでしょうか。実際、私も少し前まではそう思っていました。しかし、私は新型コロナウイルス感染症が日本を含むほとんどの国で蔓延し始めたことで少し考えが変わりました。たしかに戦争がない日本は戦争により家族や友人、大切な人を失うことも家や思い出のつまった場所や物を壊されることもないので平和と言えるでしょう。しかし、戦争がないということだけが平和というわけではないと思います。例えば、他国の戦争や円安ドル高が原因で起こっている物価高騰、新型コロナウイルス感染症が原因で職を失った方もいます。自営業の場合、特に社員の給料や家賃など支出が多い中、収入が減り、結果的に会社や店を続けられなくなったり、これらが原因で自ら命を絶つということをした方もいるでしょう。ここまではいかなくても、新型コロナウイルス感染症が原因で起こった就職難私たち学生は友人と机をくっつけて昼食を食べることも学校行事を例年通り行うこともできず、卒業アルバムに載せる写真がないということが起きた年もあります。世界中の方が大切な瞬間を奪われてしまったのです。今まで普通にしてきたことがある日を境に突然できなくなってしまうのです。よって戦争がないというのは、「平和な日常」を過ごすための数ある条件の一つであり、戦争がない平和という単純なものではないのだと気付きました。私が考える「平和」、また「平和な日常」とはそれぞれの「日常」が奪われることなく過ごせることです。前記した内容だけでなく、LGBTQだから、黒人だから、この国出身だからという理由で差別をされたり制限されたりすることなく、それぞれの自分にとっての日常を生きること、それが「平和な日常」だと思います。それは、今後の日本や世界全体にも繋がることです。誰かが他の人の「日常」、「普通」を制限してしまえばいつか感情が爆発する日がきます。これが人と人との間で起こるとすれ違いが国家間で起こると戦争に発展する可能性があります。「平和な日常」を過ごすための条件を満たすために、お互いの性格、文化、言葉、宗教などを認めること、相手について知ることも大切なことです。社会はたくさんの人と関わりながらできていて、一人でも命を落とせば多くの人が悲しみます。だから、多くの人が悲しむ原因を作り出す戦争は起きてはならないことです。そして同時に、戦争のない世界は、「平和な日常」への第一歩です。笑いあったり泣きあったり、自分の意見をぶつけることも相手がいるからこそで、大切な「平和な日常」です。大変な社会だからこそ助けあったり支えあったりできる家族は大切で、そんな家族と日常を過ごすことができるのは「平和な日常」を過ごすために大切なことです。日々たくさんの逆境にさらされても家族がいるから頑張ることができます。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから約一年。未だに家族で食卓を囲むことができない人が大勢います。家族の誰かがこの瞬間も自分の故郷、ウクライナを守るために戦っているのです。私たちが一月一日、「Happy new year」と平和な時間を過ごしていた時、家族に会いたい、「日常」を送りたいという小さな願いも叶わず、家族が無事に再会できることを祈り待ち続ける人がいたのです。これらのことから私は戦争がないだけが「平和」ではなく、大切な人とそれぞれにとっての「日常」が過ごせることが「平和な日常」だと考えました。LGBTQの方や黒人の方が差別を受けたり出身地や性別で待遇が違うという世の中は大部分の人にとっては日常になりつつあるかもしれませんが、少数派と言われる人からすれば「平和な日常」を過ごすことが難しい世の中になります。しかし、多数派・少数派関係なく、相手の声を聴き、理解しあい尊重しあうことで、「私は一人ではない。理解してくれる人がいる。味方がいる。」そう思うことができるでしょう。そして、それに気付いたとき、その人にとっての「平和な日常」を過ごすことができるのだと私は思います。そんな世の中になるように私たちができることから行動することが大切です。例えば、「男性だから、女性だからという考えではなく、一人の人という意識を持つ」「そもそも戦争の原因となる核兵器等をなくす」など一部国単位でしかできないものもありますが、私たちの意識を少し変えるだけで世の中の考えや風潮は変化します。そのために、特にLGBTQの問題では学生のうちから教えることが大切だと思います。今の教育は「世の中にはLGBTQというものが存在します。」というので終わっています。L・G・B・T・Qがそれぞれ何を意味するのか。そして、当事者の方々は日々どのような不安や苦労などを抱えているのか。そのようなことも教えていくべきだと思います。みんなが過ごしやすい社会になるように、私たちが変えていかなければならないのです。



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